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西野氏・山田氏の引用にも問題あり

西野留美子氏が引用した部分がなんとなく気になったので、ふだんあまり参考にしない山田盟子氏の『慰安婦たちの太平洋戦争』(光人社・1991)をひっぱり出して調べてみた。

まずは、西野留美子氏の記述。

「もう一人は二人分の日傘を脇に抱えている。『慰安婦たちの太平洋戦争』(山田盟子著)のなかの一文を想起する。
『・・・・将官用の女は日傘なしで歩くと、司令官から文句がでたのです。日焼けをしないでほしいと、三十本の日傘が駆逐艦で運ばれてきました・・・・』」『従軍慰安婦--元兵士たちの証言』西野留美子(明石書店 1992)p147

それで引用した部分を調べてみたら広田和子氏の『証言記録 従軍慰安婦・看護婦』からの引用なのだが、驚いたことに「」で囲ってある個所はオリジナルの文を編集してた。

それでは、『慰安婦たちの太平洋戦争』の記述。

「『将官用の女は日傘なしで歩くと、司令部から文句がでたのです。日焼けをしないで欲しいと、三十本の日傘が駆逐艦で運ばれてきました。ランチに乗せてもらっての島巡りは、中将旗がひるがえり、司令部の士官が二人もついて、あのときぐらい鼻の高くなったことはありません』」p165

実は、この「」で囲った文は菊丸さんの「手記」の部分と広田氏による「インタビュー」を足した文である。該当箇所を『証言記録 従軍慰安婦・看護婦』から引用しないが、何故、西野留美子氏はオリジナルの広田氏の著作から引用しなかったのだろうか。ちなみに「日傘」が運ばれたところはトラック島であり、中国ではない。


さらに千田夏光氏の『従軍慰安婦』からの引用も調べてみた。
「『(推定ではあるが、)昭和十三年十月二十八日の武昌、漢口攻略の頃には、全中国戦線に三万人から四万人の慰安婦が集められていた(とされている。)』(千田夏光『従軍慰安婦』)とすると、その四ヵ月前の写真の彼女らもそのなかの一人であろうか。」

実はこの引用文の前後には重要な言葉があり、西野留美子氏は断りもなく省いて引用している。(どこかで聞いた言い方であるが....)

()で囲った部分がカットされた言葉。
千田夏光『従軍慰安婦』(双葉社)p57を参照。
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